なぜ「レポートの書き方」を学ぶのか

「論文・レポートの書き方」を学ぶ必要性について。

あなたは「文章の書き方」をきちんと学んだことがありますか?

ほとんどの人は、この質問に「No」と答えるのではないでしょうか。
実際、教育現場においても「文章の書き方」をきちんと教えてくれるところはほとんどありません。

しかし、これは考えてみれば不思議なことです。

私たちは何か知的な作業をしようと思ったら、それについて十分に学ぼうとします。
囲碁や将棋をしようと思えば、本屋に並ぶ本を読んだり、上手な人から習おうとするでしょう。
プログラミングをしようと思ったら、専門書を買ってプログラムの書き方を学んだり、講習会に参加したりするかもしれません。

だと言うのに、「文章を書く」という高度で知的な作業において、私たちはやり方を教わったことも無ければ、教わろうという気持ちさえないのはどうしたことでしょうか。

文章の書き方を学ぼうという人が少ない原因として、文章というのは特別習わなくても「なんとなく」書けてしまうから、というのがあるでしょう。

しかし、「なんとなく」書いた文章というのは、しょせんは「なんとなく」な文章であって、論理があいまいだったり、主張が不明瞭だったりするものです。

書き方が悪いと、内容まで悪く見える

論文やレポートなど、一つの形となった文書は、大きく2つの要素から出来ています。
「内容」と「文体(書き方)」の2つです。
内容とは、読んで字のごとく、書き手が訴えたい事柄・主張・事実などのことです。
文体とは、内容をどのように書くか、という書き方のことです。

どんなに内容が素晴らしくても、書き方が悪いとその良さが十分に伝わりません。
それどころか書き方が悪いために内容を読まずに捨てられてしまうことさえあるかもしれません。
たとえば、視力が悪い教授に、うすい鉛筆で書いたレポートを提出したところ、教授は文字が書いてあることに気づかず白紙だと思って捨ててしまったそうです。
これでは、どんなに素晴らしい内容のレポートであっても紙くず同然です。
書き方が悪いために内容が伝わらなかった例でしょう。

先ほどの例は極端な場合ですが、内容と書き方を、プレゼントと包装にたとえて考えてみましょう。
どんなに素敵なプレゼントでも、包装がグチャグチャだったり安っぽかったりすると、「中身も大したこと無いだろう」と思ってしまいませんか?
逆に中身は普通のプレゼントでも(笑)包装が非常に素敵だと、実際以上に良いプレゼントに見えたりするものです。
もちろん誇大広告になってはいけませんが、書き方によって内容の評価まで変わるたとえと言えます。

伝わらなければ意味がない

論文やレポートは、読み手に主張が伝わってナンボの世界です。
誰にも分からない、自己満足の世界で終わってしまっては学問は成り立ちません。
レポートを書く以上、伝わらなければ意味がないのです。

その「伝える」ために重要なのが「書き方」です。
ちょうど素敵な包装でプレゼントにかける思いを表すように、内容はもちろんのこと文章の書き方にも気を使っていくことで、あなたの論文・レポートがさらに輝くものとなることでしょう。



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